ダム名 藤沼ダム (ふじぬまだむ)
形 式 アース 阿武隈川水系江花川にかかるダム
所 在 福島県須賀川市滝 Yahoo地図
目 的 かんがい 管理 土地改良区
印象(5段階) 眺望(5段階) 観光(5段階) 交通(3段階) 堤 体 積 99,000 m3
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ 総貯水容量 1,504,000 m3
着工年 1937年 堤 高 18.5 m 有効貯水容量 1,504,000 m3
竣工年 1949年 堤頂長 133.0 m 体 積 能 力 15.19191919
着工→竣工期間 12年 縦横比 7.19 体積有効能力 15.19191919
関連リンク 日本ダム協会 ダム便覧”藤沼ダム”  

上記表は日本ダム協会のホームページにある”ダム便覧”を参考に作成されています。
縦横比=堤頂長/堤高 この数値が大きいほど横長です。1より小さいと、いわゆる縦長ダムです。
体積能力=総貯水容量/堤体積 1m3の堤体材料でどれだけの水を支えているかを表す数値です。
                       この数値が大きいほど、少ない堤体材料で多くの水を支えていることになります。
                       体積有効能力は有効貯水容量で割った数値です。
縦横比、体積能力、体積有効能力は私の個人的な興味で割り出した数値であり、土木の世界で使われているものではありません。
着工→竣工期間は着工、竣工年の単純な引き算しかしていません。着工、竣工ともに年度での数値なので実際の期間とは誤差があります。


≪藤沼ダムのある町の紹介&ダムまでの道≫
※このダムは東日本震災により決壊したダムです。このダムの紹介は震災前のダムの様子です。現在の藤沼ダムは周辺が崩れて危険な状況です。むやみに近づくような行動は勧められません。本記事掲載にあたり被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。かつてのダムを姿を掲載することで、今回の事故の原因調査等に結び付けば幸いです。


≪藤沼ダム インプレッション≫
 藤沼ダム本堤のダム湖側の風景。地域からも愛されるようなダムでした。休日ともなると釣り人が多く、またダム湖のほとりには藤沼温泉やまゆり荘(現在休業中)があり、地元の方々が集まるようなダムだったことがうかがえました。
≪藤沼ダム ポイント≫
【本堤のグラウト工】
 老朽化に伴い水漏れがひどかったようです。ダムそのものは古く、改良工事も幾度となく行われているようですが、最新の改良工事においては水を止めるためにダム本体にグラウト工事を行ったようです。(画像をクリックすると拡大されます)


 ダムは本堤と鞍部堰堤と二基あります。ほかにも取水設備が3か所ほどあります。ダム湖は自動車でくるりと一周でき、ダム湖の北西部には温泉もありました。釣り人は多くは本堤付近に車をとめて水際まで降りて釣りをしていました。
 藤沼ダムの鞍部堰堤。こちらも震災当日は決壊ぎりぎりだったそうです。ダム便覧の写真を見る限りは天端は完全に崩落して、堤体の半分以上は崩れ落ちているような状況に見えました。

 鞍部堰堤の近くにある第二号取水口。割と古いタイプのアースダムに見られるような取水方式です。藤沼ダムは取水口が第三号取水口まであったことから、ダムの水が広い規模で田畑に供給されていたことが推察されます。
 ダム湖の様子。山深いような場所にあるダムではなく、開けたような場所にあるダムなので開放的な風景です。中央の高い山は高土山という山のようです。

 ダム竣工40周年を記念する石碑です。自民党の先生による石碑かと思われます。ダムが生まれた経緯、水不足との戦いから現代のダムの補修に関する記録までつづられた貴重な資料です。
 せっかくなので画像をクリックすると拡大されます。昭和59年ごろからの補修工事の際に今回の震災で決壊した本堤のグラウト工事が行われたことがわかります。

 本堤の右岸側からの様子。小さい写真で分かりにくいですが、ダム湖側の法面角度がゆるやかで、釣り人がすぐ水際まで降りて釣りをしている様子も写っています。
 本堤の右岸側のダムの下流側の様子。下流側は木々に覆われてまったく眺望がききませんでした。写真ではみにくいですが下流側には数本の棒が立っており、漏水を測るための穴があったようです。(看板では浸潤線観測と書かれていました)

 ダム本堤の近くにある第一号取水口。こちらの取水口の方が設備が新しめで、きれいでした。おそらくこちらの方が多用されていたのかと思われます。
 藤沼湖全体の案内看板。観光案内のみならず、ダムの設備やグラウチングされていることなど、細かい諸元もきちんと掲載されています。これだけきちんと資料があるのですから、ダム決壊の原因についても究明されることを切に望みます。

 本堤の左岸側からの風景。決壊した現在の姿とは全くちがっていると思われます。堤体の勾配もなだらかで、素人目には壊れるようなダムには見えません。ダム本体が決壊直前にはどんな状態だったのか、調査結果が望まれます。
 アースダムにはよくある石碑。土地改良区の建てた石碑のようです。堤体の諸元や、関係された方々の名前が見えました。

 藤沼湖の公園の管理センター付近の風景。震災前の人々のふれあえるような公園に戻れることを切に望みます。いち早く原因がつきとめられ、全国のアースダムやその周辺地域への対策に結び付くことを祈ります。


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