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≪三瀬谷ダム インプレッション≫
1960年代ごろのダムにわりと良く見られる造形です。堤高は20m~40m程度と低めで、重力式コンクリート、3年程度の短期間で完成し、目的は発電、ゲートを数門所有。この三瀬谷ダムも同じ流れを受けていますが、一番素敵なのがゲート支柱の習字文字銘板。ダム本体や周辺の持つノスタルジックな風景と相まって、60年代の雰囲気を色濃く伝えています。 |
≪三瀬谷ダム ポイント≫
【台風の傷跡】 2004年(平成16年)9月の台風21号によりダム直下の管理事務所および発電建屋が水没し、壊滅的な被害が及びました。なお近畿地方の災害で伊勢湾台風が有名ですが、これは1959年(昭和34年)の災害であり、まだ三瀬谷ダムはありませんでした。しかしながら伊勢湾台風での記録を元に三瀬谷ダムの安全性が設計されたと考えるのが自然ですので、台風21号は瞬間的にも伊勢湾台風を凌ぐ勢いだったと推察できます。写真は2005年5月に撮影したものです。 |
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放流設備は赤いクレストゲート4門のみのシンプルな発電ダムスタイルです。ダムは東に向かって建っているために朝の光と赤いゲートのコラボレーションが実に見事です。ダムの右岸側に三瀬谷発電所があり、電力ピーク時のみ発電放流します。減勢工にはシュートブロックとバッフルピアを装備し、ダムの構造美を引き立てるのに一役買っています。 |
三瀬谷ダム右岸側の道路を走っていると、ちょうどJR紀伊本線の鉄橋を眺められる場所が現れます。取材したときは朝方で”撮り鉄”さんがカメラを構えていました。ダムの正面に道路があるのは時折見かけますが、ダムの正面に鉄道橋というのはかなりレアだと思われます。静岡県の長島ダムもダムの正面に鉄道が通っていますが、自動車道路も併走しているためにアングルとしてはレアではありません。(画像をクリックすると拡大されます) |
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三瀬谷ダム正面の鉄橋上を走るDD51-822。非電化区間のため架線はありません。山の緑も機関車と良くマッチングしています。ダムも鉄も好きな人には三瀬谷ダムは堪らないでしょう。(画像をクリックすると拡大されます) |
天端は生活道路にもなっており、ローラーゲート支柱をよけるような道になっています。天端上は狭いために一方通行です。道路下に補強の赤い鉄骨がむき出しになって見えています。意外と交通量が多く、見学時には気をつけた方が良いでしょう。 |
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減勢工。ダムの導流部とくっついているブロックをシュートブロックと言います。また水面から見えているブロックをバッフルピアと言います。それぞれ水の勢いを殺す構造体ですが、私にとっては萌えの対象。一切の美学を排他し構造性能を追求した連続体、そこに美学を超えた美学を感じます。これをもっと純粋に突き詰めていくとモノリスまで到達するのかと思ったりしました。 |
左岸側と右岸側のそれぞれゲート一門には決瀉板が装備されています。しかしながらここから流木などが流れたときに堤体を痛めることになることから、決瀉板は使用されていないとのことです。かれこれダムを450基ほど見てきましたが、決瀉板を使用しているダムはいまだ富山県の中山ダムと愛知県の大野頭首工しか見たことがありません。 |
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ダム湖上流300mほどのところに大台町B&G海洋センターがあります。三瀬谷ダム湖はかつて国体でボート競技が行われた歴史があるそうです。 |
三瀬谷発電所。完全に復旧し、設備が真新しいです。かつてはここに管理事務所もありました。写真左中央の導流壁に乗っかっている斜めの白い格子状のものは、かつて管理所の窓があった場所であり放流時に水とともに飛んでくる飛来物から守るための防護壁です。 |
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発電所の放流口。三瀬谷発電所はピーク発電用の発電所なので、主に昼間の電力ピーク時にしか稼動しません。写真はまだ早朝だったために、発電所が稼動していない時間のものです。ゲートも閉じていて発電所が稼動していなければ宮川の水は下流には流れていませんが、すぐ下流で大内山川が流れ込んできているために発電所が停止していても河川そのものは流れがあります。 |
三瀬谷発電所の逆調整池ダム。三瀬谷発電所はピーク発電専用なので河川流量の変化が大きく、このダムで下流の河川流量を一定にします。三瀬谷ダムの下流5kmほどのところに位置し、すぐ下流には2008年の4月に復旧した長発電所があります。この発電所の復旧をもって三重県営の水力発電設備は台風21号の被害から完全に復旧しました。 |
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水利利用標識がちょうどダムに背を向ける位置にありました。最大毎秒40立米で11,400kWを発電し、有効落差は33.52mです。この壁の穴はやはり台風21号の傷跡です。この場所は発電所の敷地内で、今回は許可を得て見学させていただきました。ありがとうございます、今後とも三重県の水力発電を応援させて頂きます。 |
発電所の扉。台風21号ではこの扉の一番上のあたりまで水が来たそうです。扉の右上の看板には ”平成16年9月29日 台風21号による水害時の水位 EL=72.6m その時のダム水位 EL=85.3 ”と書かれています。ちなみに常満はEL=83.0m 天端はEL=85.0 ですが職員さんのお話では天端越流まではいかなかったそうです。 |
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少し引いた位置から撮影。私の背丈以上まで冠水したそうです。今後似たような洪水時には宮川ダムの発電容量分を治水容量に当てるようにするようですが、復旧した発電所の扉にはパッキンが施されており、冠水時でも水密されるようになっています。 |
復旧後の三瀬谷ダム、および発電所。写真右上の天端よりも高い位置にある建物が新管理所です。被災当時も新管理所の建物そのものはあったために、当時の職員さんは新管理所の方に避難したとのことです。 |
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2005年5月の三瀬谷ダム。被災して半年建っていますが、発電所にはブルーシートが随所に見られ、まだ災害の傷跡が残っています。 |
2005年5月の下流の写真。緑とそうでない箇所がはっきり見られ、冠水時の水位の高さを推して知ることができます。流木も散乱していますが、発電所の外壁を破壊したのはこれら流木によるものだそうです。 |
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2005年5月の紀伊本線の宮川にかかる鉄橋。トラスの下端までは水があったことが分かります。川岸は削り取られて木の根がむき出しになっています。 |
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